スピリチュアルは特別なものではない

最近よく思うようになってきたのは、「スピリチュアルという学問、知識がかえって意識の邪魔になっているのではないか」ということ。

 

スピリチュアルの知識、考え方というのは現代社会から見るととても特質的だし一部の人には魅力的に見え、一部の人には怪しく危ないもののようにも見える。

 

いろんな国の色んな人が書いた何百ページにもなる本を読み、感銘を受け自分もその道に進もうとするが、そもそもスピリチュアルの知識や考えに感動したり心を動かされることは意識の周波数が低いことの表れだ。

 

周波数が上がれば上がるほどスピリチュアルなんて別にたいしたことないなって感じるようになるし、そもそもスピリチュアルな生き方をしていない人などいないのだ。

 

目の前の景色全てがスピリチュアルだし、そこに気付けるか感じることができるか。ただそれだけ。

 

意識しなくても呼吸ができるように、意識が上がれば自分がスピリチュアルになる。

スピリチュアルを体現して知識や思考としてため込むこともなくなる。